>織葉
知らないほうがいいことなんて、いくらでもあるのさ…じゃなくて!
タイトルは「想起、認識でなく」かな。
著者は認識より想起を大事にするらしい。
まだまだ読み途中。。
よくわかんない。ねね、随筆来てくれてありがとね!明日からも毎日来てね!おるはさーリポート仕上げるのに時間かかってた。
This seems hard work but you should try to do best for your dream...
I'll help your learning.
>…This recollective logic has its ground in the groundless…
This recollective logic(この想起の論理)は
「それの根拠を無根拠のなかでもつ」って直訳できるけど,
換言すると,
「即自的に根拠を持つ」あるいは,「それ自身において根拠となる」
と解することが出来るかと.
要するに,外的な根拠無しに自己原因性をもつってこと.
>…this threatens to collapse into infinite regression
>if conditions need their own conditions…
ここは
>状態がその状態を必要とする、
ではなく,
「諸」状態が「それらのもつ状態」を必要とする、
だとまだ意味が通るかと.
>This logic unfolds itself in thought's self-education as the condition of the possibility of Neoplatonic logic and principles.
>論理自身を思考の自動学習の中へ開く??
self-educationは「自己(self)学習」ではないかと.
この論理(想起の論理)はそれ自身を思考の自己学習のなかで
(新プラトン主義的な論理と原理の可能性の状態として、)開示する.
>しかし可能性の状態を「認識する」だけでは、recollectiveな論理には至らない。
ここは新プラトン主義,あるいはプラトンに対する批判にも見えるね.
『メノン』にヒントがあるかもしてない...
>誤認識の「認識」はせいぜい、「真実が非真実に打ち克つ」くらいの意味しかもたない。
ソクラテスの「無知の知」に対する限界を提示しているようにも見える.
ところで,テキスト何使ってる??