英語で哲学史読み始めました~
最初の方は古代ギリシア哲学なので、わかりやすい。質問受け付けます。

Heraclitusの宇宙観は、始めがなく、恒久的に変転している「生」の宇宙だった。
宇宙内における差異は、logos(論理)、つまりありとあらゆる変転と流動を司る普遍的理の調和のなかでの宇宙に限られる。
ここに生は、停止と純存在へ言及される際、変化それ自身を失うことのないものとして定義される。
一方Parmenidesは、永遠に存在し、あらゆる運動がそこから生まれる宇宙を想定した。
ここに生は、運動と変転へ言及される際、存在性それ自身を失うことのないものとして定義される。
これら両方の宇宙観は、前者は永遠に始まっている(始まるという運動が変化を通して表現されている)という意味で、後者は永遠に存在しているという意味で、ともに永遠的である。

一方Anaxagorasは、自分自身を存在、また変化とみなす精神としてのnusの関係を定義した。

でSocrates。nusを生と死の関係の想起として定義した。それは、祝祭と静寂との弁証法として、どちらか一方であることは決してないものだ。
生が、魂の不死と輪廻のなかの死の連続である一方で、死は、魂を想起するという生のなかに在る。
一方で、魂が身体と対比されるとき、価値の階級が仮定される。つまり魂への偏愛だ。
Socratesは、死へのみ、真の否定を見ていた。生は想起として死の中に真実を関係づけ、
しかし身体なき死こそが魂の純粋な状態であるとした。
なぜ、想起と輪廻の生の真理を維持することより、霊的な思考への絶対性を弁証法は産むことをしたのか?それは、生は、その弁証法ゆえに、その反極性ゆえに、生が恒常的であるので、
肉体的思考を間違ったものとして前提するから。
お寄せいただいたコメント
無限∞虚無  2010/01/14(Thu) 19:09
妙な解釈が入った哲学史理解だが誰の哲学史かな??


とりあえず質問だが,各々の哲学者による「変転(変化)」の概念を整理してみてくれ.
てっぽさん  2010/01/14(Thu) 22:48
質問。

競争とか勝ち負けについて語ってる本ってないかなぁ。
それを論じた人物でもいいんだけど。
kyrie  2010/01/16(Sat) 22:23
>フェイト

Nigel Tubbsって人。俺も聞いたことがない。
Heraclitusは変化こそが宇宙の真理で、変化と純粋存在を対比させている。
存在自体を変化とみなしてはいないようだ。
Parmenidesは存在こそが宇宙の真理で、動かない永遠存在が所与として変化をもたらす。
ソクラテスはそのような一面性を嫌い、弁証法的に静と動とを宇宙の真理としたが、
生自体がわれわれの置かれている状況であるから、一面的だ。

>てっぽさん

お久!それは哲学というか、人生哲学だね。自己啓発に近いかも。
書店で「自己啓発」のコーナーをみれば、いっぱい読みやすい本が並んでるよ。
俺はそういうものに興味はないから、建設的なアドヴァイスはできない…
ごめん><
てっぽさん  2010/01/16(Sat) 23:03
がっかりんぐ。

探した結果なかったから聞いたのだが・・・

じゃあ記事にしてみっか。
無限∞虚無  2010/01/16(Sat) 23:04
わかりやすい整理サンクス.

その人は知らないなぁ...
大学の図書館にもNigel哲学史は置いてないみたいで(´・ω・`)
かなりヘーゲリアン臭がするのはわかるが.

>てっぽさん
競争原理ってことなら哲学の考察対象になりますよ.
マルクス,功利主義(コント,スペンサー),マックス・ウェーバーあたりを調べてみては??
(今日び,古い思想なので批判的に読むのがオヌヌメ)
そこから,スミスやハイエクなどの経済学に広げることも可能です.
てっぽさん  2010/01/16(Sat) 23:28
>無限∞虚無
おお!さんくす!
卑屈になってきてるから改めたかったんだ。
さっそくそこらの入門書眺めてみる。
でも記事書いちゃったんでよかったら意見くだされ。
無限∞虚無  2010/01/17(Sun) 00:32
勝手に掲示板のように扱ってkyrieに悪いと思いつつ...
(いつものことか,2ch規制されているので,主(kyrie)よ,許したまえw)

>てっぽさん
そちらのほうにレスしましたよ.
こちらで勧めておきながら悪いのですが,
無闇に文献漁る前にレスのほうを読んでみてください...長いですがorz
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