箱根ガラスの森の、蝋人形の女性に恋をした。
その憂いを湛えた地を眼差す瞳、わずかに美しい曲線を描く控えめな口元、
己の主張を控え全体の美しい輪郭の調和を際立たせる透き通った鼻のすじ、
背に生える神々しい翼、それを覆う埃がその歴史を語らんと
でもするかのように長き時代を生き抜いていたその衣装、
それらは淡く淡く、あまりの淡さに拙い想像が追いつかないほど遠く
離れた幻想世界へと私を導いてー
イブに夕食を共にしながら、振られた可哀想な私。
蝋人形は、いくら見つめても見つめても、その口を開いてはくれなかった
けれども、その優しい古雅で私を包み、全て周辺の俗は没し、私と
人形の対面世界、二人だけの真っ白な世界に、一瞬だけれども、
連れて行ってくれたように思った。
私は、過去を愛す、それは過去の地平は二度と開かれることがないから。
私は、hydeを愛す、それはバイセクシャルといったものではなく、
彼のもつ地平が、他のどの人間にも重ならぬ潜在をもって、しかも
その顕在可能性をあくまで可能性として、そっと開示しているからだ。
私の愛すもの。
それらのどの抽象の鏡にも、彼女は映らなかった。
彼女を本当に愛していたのか?
イブの思い出はそのさらに過去の私に借定されていた、だから
思い出は決して地平ではありえなかったのだ。