長かったです。哲学書を読む合間にちょこちょこ読んでたんで、あんまり思い入れもないのですが、
私はこの作品がなぜ「名作」と言われてるのか、まるでわからない。
悲劇だとは思うが、悲劇としての悲愴感は、ゲーテやトーマス・マンなどのドイツ文豪に比べると、まるで浅い。
構成も「複雑」と言われてる割に効果的でないし、キャラクターの定義も浅い。
全ての悲劇の端緒を、カラマーゾフの血に結びつけるところまではいいが、伏線として弱い。
詩的な表現は皆無、ときおり読ませられる人生哲学は新鮮味なく、心理学と称した心理分析も、
嘲笑に値するほどナイーブ。
最後の裁判の場面で、検察のや弁護人の力の入ったせりふが続くが、事件の背景がまず深くは練られていないので、
自然論説も面白くなく退屈だ。アリョーシャの最後の演説で読み手を感激させるのが
作者の狙いだろうが、見事に上滑りしている。こんな陳腐な演説で読み手は感激しない。
感激させようという意図があからさま過ぎて、不快だ。
それに比べて私の小説は、もっと構成が複雑で、場面場面が効果的な配置をなし、
伏線が入り組み、内容は高度な詩的レトリックに覆われ、容易には近づけない峻厳さをも
持ち合わせている、といったら笑われるだろうか。私はドフトエフスキーよりはるかに
人間に対する洞察が深い、と言ったら?
自意識過剰だろうか。私は間違っているだろうか。私は実は、うぬぼれの塊で、凡才なのだろうか。
時が散り、仄かな灰が覘いた雑踏の演舞のなかで。
巻き戻った時は塗り押し広げる、そうして奏楽を舞う。編成は増していき、ここに楽団が個性を奪う。
雑踏は衣擦れからも若干構成されていたろう、その形式性が、今、知を食む。
鍵が扉を弄り、開かんとする不安が、振り向く同胞に咀嚼される。
錠は首を落とした、音を立てて運命に自らを賭した。不安は倍化し、厚着した装飾の重なりが、不安と肌を接する。
そしてやはり、ここでも食事は重要だった。
未曾有の波乱が蟲を払い、居住まいを正す。
蟲は冒涜をも厭わず、富んだ資源に己を見定めるのか。
結果した曲線が、歌が歌うのを甘やかす。
歌は高らかに売買を謳歌する、そして変調が多彩だという彼の特技を惜しげもなく褒めそやす。
許されるのは、芸術の孤島にて、一人安住する蒼白の少女。
その蒼を空へと比し、大いなる空へと掲げ、死んだ色彩を移り行く命に重ねるの。
クロニクルは、比喩を笑い、啓示を諭す。
断定をいぶかしみ、懐疑を増長する。
判断を翳り、反応を躊躇う。
そうして流れ行くストーリーに、遥か遠方の角笛が演出をなし、出血する。それは深刻な身振りでもって。
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新しい小説のテーマは、「ドフトエフスキーよりも人間性に深く踏み込み」、
「ゲーテよりも芸術的な外装をもち」、「トルストイより倫理的で」、
「トールキンの指輪物語に比肩する分厚いストーリーを展開する」。
いまやそれができる、と確信します。てかモンハン3面白すぎ!確実に勉強時間がモンハンに
奪われて行く…(>_
「あははははは。」
手にかけた父親が月光を睨むと、途端に目尻から流れる感動性の流体が形象をなし、
口元まで伝ったそれら液体が、こそばゆく、痒みを誘い、それで笑ったのだ。
雲を漂う月のまにまに、握るナイフは光を揺らめき反射し、そこに映るは生臭い肉塊で、
それが愛しいものへの唯一の態度であったところの挙動を、すなわちナイフの使用法である
右手の可動性を自ら断ち切ったのだ。
月に餓えた狼の心を宿したものどもの咆哮が、街を音楽的に啜り泣きさせ、その美声が
これまた涙を誘う、一連のメロドラマだった。
街が泣いている、重厚なオルガンが教会から街に出で来て、その物悲しくも決然とした旋律に身を任せてみれば、そのBGMに悲劇性が
効果的に陳列され、いちいちの並べられた悲劇に、おいおい泣く娼婦どもが身篭ったその腹を月に託し、かの天体からのメッセージを仰ぐ。
天体は熱気を帯びてなにやら主張し、その主張に同意するものが、抑えきれぬ衝動を悔い、
悔いながら食う。口角が引き攣り、わなわな震えるその悲しみを、
彼らはなんという喜びともに矛盾無しに同居させていたことか。これは奇跡である。
そして悲劇であった。箱舟に乗り込まんと動物の群れが、上空から鳥のように飛翔して
みると、まるで通奏低音のように大地を踏みしめ、流れるオルガンの音が
これほど雄大に鳴ったことはかつて無いだろう、それが、その音が、目を覆いたくなるほどの残酷な過去を延々引き連れ、かくも長きに渡る慟哭が、動物が乗り終わった後もなおも響いていた、それも打ち込んだ機械的な音響のように。
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今度小説新人賞に出す小説の、プロローグです。ちょっとシュールレアリスティックに。
泣きやむことなき。繋ぐ臍の緒の千切れそうな。羊水交じりの血液に、泣き叫ぶ声が混ざってごちゃごちゃになった。
好奇の目で世界に産出したその児。大きな目玉で彼を捉えた。「嫌だ嫌だ」顔を振るその彼、父親。
曖昧な器官が形状も曖昧で、母親の最期の残した言葉、呪いの言葉が―白壁を反射して室内を埋め尽くした。食欲をそそられた当の赤子は、
喰った。まだ液体の残る注射器を。雑然と積み上げられたカルテを。一人一人の臓物を噛み砕き、食の欲を満たし、
逃げおおせた父親に取り残され、一人恐怖に身悶える母親を、そうして喰わんとしたのだ。そしてそれは唐突に遮られた。
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今書いている小説の冒頭です。ホラーチックにしてみました。
どうやっても、どうしても、どうやっても、それは快の情緒荒ぶ粗ぶれで、
脳をスプーンで掬っては―それすら男性器の形だった―ひどく病的に興奮し、その紫色の興奮、それも酷い褐色の紫色―
をしたためて、空へと宛てた。空は重く、重い。すなわち、暗い。
暗く、それは暗く、例の男性器が天体まさに斥けようとしたそのとき、
あの女性器のグロテスクが、空を雄と到来したのだった。巨大な―巨大だった、それは。
そして満とグロテスクをその肉に咲かせ、穴からなにか言っているようだ。
「パロール、パロール、その活動を永久に反転せよ」
言は渦巻いて逆へ流し、掬われた脳の無器官的な聾を引き裂いて貫通し、すなわち彼はそれを聴いていた、嫌というほど、長く、長く、大量に。
言の弾丸は留まるところを無知であり、彼は銃撃され続けた、その男性器の弾幕のような憧れへの突進を空に。
どうして、どうして、こうも何もかも朱色に見えるのだろう、血の儀式は始まったばかりだった。
それは、血、鮮血の儀。性交の儀を超えた、DNAの喪。激しさを増す女性器の悲鳴、それはサイレンで、こぞって飛び交う男性器の舞。
もう、どうやっても手遅れだ、そんな思いがあった、憂鬱な空と海を描いただけのその切り取り線。
断言不可能な情景描写は、不可思議な絵筆を誘い。要するに何もかもが―ゴッホの爆発的な油彩をもってしても、聞こえないほどの
けたたましさで、カタカタ鳴っていた。やがて完璧なリズム性をもって、頭蓋が飛来した。
肛門も、やはり来た、汚物をそのふくよかさのうちに犇めかせ。
頭蓋は音頭をとる、その恐ろしさに無心に助けを待って、山の裾で隠れて泣いていたあの。
降り注ぐ汚物に、自ら染まるまいと必死で踊りまわったあの。
それは汚らしく、忌わしく。輝かしく、誇らしげに。高らかに、微笑ましく。すべてはあの恐ろしさの収斂へと。
恐ろしさの、象徴としての。恐ろしさの、比喩としての。恐ろしさの、体現としての。
すべてが何より恐ろしく、恐ろしさはやがて可笑しさに狂いそうで、そうして彼は狂ったのだった。
さあこれらは何の比喩だろう、なんの伏線だろう。読者に叩きつけたある挑戦である。
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自分の想像力の豊かさに、ニヤケルこの頃。
完全に復調したみたいです。ご心配をおかけしました。
作曲も快調。
上のは新しい小説の冒頭です。
汚らしい描写に終始しました。
今回は、サーリアホと共に今や女流作曲家の重鎮、
ソフィア・グバイドューリナ(1931〜)の「キリストの最期の七つの言葉」
です。合唱は入らず、ほとんどチェロ協奏曲のような内容になっていますが、
その張り詰めた悲壮感、脳裏を十字架に雁字搦めにするような表現は、
ハイドンの同名の作品を凌ぐのではないでしょうか。
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ついに私の作品「罪の螺旋―汚濁した球」をネット出版しました。
http://www.mybookle.com/indiv/bookle/753
価格は66円(笑)
ちょっとでもこの生活苦のたしになればいーな。。
―水の民の老人によるレスタティーボ
海の間中にそびえるこの巨大な渦の柱は。
全て水は渦に誘われるがまま、天へと貫く柱にあって昇っていく!
女神ネンリーネよ、この歳を経てボロボロの肉体もまた、昇ることを許されるだ
ろうか?
永劫に渡る観念の海!我ら老人が人生をかけて培い養い生んできたものが、
ついに肉体の枠を超え、1つになる!
それは初めは混沌、しかし相反する主張も、海にあっては全てが包まれ、
海という巨大な体系のなかに微小な諸拮抗が営まれるに過ぎぬ!
これこそが私の生涯の真理です、女神ネンリーネよ!
これがもし間違っていたとしたら?しかし海にあっては―それがなんだろう!
私という不安定因子がいる、それさえ圧倒的な大きさをもって包むところの、巨
大な海!
天が静かなみなものように、昇りゆくもの―同時に降りゆくもの―を受け入れて
は、
波紋を描く。
触れそうな指と指。
その隙間を埋めるは。
「神よ!私はここで止まるのか!悠久の天空を拝むこと許されず、
力なき人間でさへ臨めるこの宙をもって満足せよと―そう仰るのか!」
悲鳴交じりの嘆願は、向こう側から響くことなく。
ネンリーネは、起き上がる。どこから?それが愚問にまで転落するところの、そのところから。
否、起き上がるのに要したのは、その「どこから」、を問うことそのものであった。
「どこから」「どこへ」「どこに」居るのか。このことは決定済みですか、哲学者の読者の皆さん!
「いつから」「どこに」を定めるため、彼女は出来事の羅列を思念の糸で編んでみた。
彼女は当然、起源を定めた。起源の起源があるのではないか、と言うが、逆に、起源の起源(起源前起源)を、
起源にまで近づけていくと、起源前起源は永遠に起源に達することはない。それならば。
起源は一つの絶対であり、その時点から、起源の前が語られ、起源の後が生きられるのだ。
そんなことはにわかに騒ぎ出す内なるソフィスト達に任せておいて、彼女は自分の起源について、思考を凝らした。
このまだ肉体なき私が、目覚めた、そして考えている、それも目覚め以前を考えることが、そのまま今を生きていることであった。
生きているにつれて、目覚めの前は遠のくどころか、一層謎深くなってゆく。
肉体の時計無しに、目覚めの以前を考えることは、その以前についての思念が次々と生まれ絡まり、膨張していって、過去を肥やす、
その営みが現在である、ということだ。
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上のは小説の一部です。私としては、小説を通して自分の思想を伝えられれば、と思うのですが、あまりに衒学趣味的ですか?
ええ、衒学は好きです。
ですが読み飛ばされるのが何より怖いです。
小説を書くことにしました!
以前連載していた、「全てのものが集う場所」は未完のまま終わってしまいましたが、
今度はそれをふくみつつ、壮大なかつSF的な神話を書こうと思います。
挿絵も自分で描きます。完成したら、音楽もつけようと思ってます。
まだスケッチ状態ですが、冒頭のシーンをここに貼ります。
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そっとカーテンを開ける。いつもと変わりない風景。
もしかしたら、変わってるのかもしれない、刻一刻と。
しかし彼女は、それを統覚しているから、また風景の方でも、自分におけるメタモルフォーゼを
覆い隠そうとするから、いつもと変わりない、のだ。
星々で遊ぼうよ、星の点々を繋いで線を引こう。さあ、何に見える?
彼女はそんな遊び(気が滅入る)と読書とで、過ぎ行く一瞬を振り向きつつ、その都度あった。
ある日彼女が遊びを再開して、十字をかたどったとする。
十字は一部の狂信者を連想させ、その一般形である「ひと」、あるいは「狂信」のどちらかを
主題とせむと考えていた程に、来客の足音が十字を、従って狂信者をも、バラバラに崩してしまった。
来客の足取りの不規則なリズムから、彼女はそれが誰であるのか、分かっていた。
実際、この来客にとって、それが至高の形態だったところの、四本足の準人間は、
彼女の予想が現実に至るまで一歩一歩己を装飾していった。
連続性を持つ予想が限りなく現実に漸近したとき、やっと彼女は溜息と共に腰をあげ、問うた。
「ねえ、なぜ貴女は本当の宇宙…いや今このテーブルに孤独である林檎でもいい、いや、と言うよりむしろ、
なぜ貴女は本当の貴女ではないと言いきれるの?」
答えて
「われ思う
ゆえにわれあり 疑えど
得るものなべて 自身にあらず」
「彼女たち」は、さっそく心身を分割して心を可能世界に投じた(心身は分割可能である、
ということは、物理学と哲学との熱い交際によって、既になされたものとする)、それはこのようなものである。
まっさらな平面。どこまでも果てなく続き(その証明は遠い過去にある数学者によって証明されていた、とする)、
その普遍性に、彼女らは現象した、すなわち彼女らは、その平面が普遍的であって永遠に続くということを、
直観した。
普遍性において、彼女らは相互に自身を他に預け、心のあるのを許さぬこの平野において、
地に溶け込もうと心を全てのイメージの総体として、次にその線と点とによる表現として、最後に
そこから、それによって線が可能になるところの、有色、を抜いた。
それは危険な遊び、この眩暈、この法悦…自身が−正確には他における自身が、無限に続いているという
反省も直観もない、この平野。長い旅のなか、彼女らが平静でいられたのも、この無限性を獲得したからに他ならぬ。
それゆえ彼女の部屋は、−彼女を含め−一切なにものも作用することがない。
なぜなら、彼女はア・ポステリオリな、欠陥を持っていた。でなければ、こんな遊びに参画することは不可能であると思われるのだが。
その欠陥とは、彼女はなにものも指示できない、というものであった。
断っておくが、この欠陥は彼女みずから望んだものである。
彼女は曖昧模糊としたものが好きだった。
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完成したら出版社に持っていきます^^
その惑星は、花で覆われていた。
風が吹けば、一面の色彩が揺れる。
風の指揮に乗って、花々が踊りだす。
ここには不愉快な虫も人もいない。
ただ一面の花と水と大地と空とー
破壊。
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夢の啓示を受けて(笑)なんとなく
SF小説を書いてみたくなった今日この頃。
毎回こんな感じの短い断片を載せていこうかと考えてます。
次回は黒羊紳士さんのバトンと共に(遅くなって済みません!)。
それから哲学の方では、フッサールの「デカルト的省察」
を分析しようと考えてます。